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うみのこと 〜虹の橋へ〜

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    皆さま、こんばんは。
    水曜日になりました。
    rutsukoの部屋曜日です。




    先ずはご報告をさせて下さい。

    9月11日、うみが虹の橋を渡りました。

    本当に調子よく来ていたので、それは、突然のお別れでした。



    そして、お礼を申し上げます。

    12日、13日とうみを店につれて行きました。

    突然の事態にもかかわらず、二日間で、延べ100名を超えるお客様が最期のお別れに来て下さいました。

    ご近所の方、遠方の方、(大阪、愛知からもお越し頂きました)
    お仕事の段取りをつけてお忙しい中お越し頂いた方、ご予定があるにも関わらずお越し頂いた方、体調が悪い中お越し頂いた方、お花を贈って下さった方、その他おやつやDVD、トイレシートのケーキ、お手紙を下った方、そして、居ても立っても居られないと駆けつけて下さった方。

    そしてそして、お別れ会に参加して下さった皆さま、ありがとうございました。

    皆さま、皆さま、本当にありがとうございました。

    うみもとても喜んでいたと思います。

    ありがとうございました。

    皆さま、うみを我が子の様に可愛がって下さり、心配して下さり、ありがとうございました。

    皆さん、「うみちゃん、よく頑張ったね。もう痛い所はないね。ゆっくりしてね。」と言って下さいました。

    ありがとうございました。


    最期の最期まで、うみはとても頑張りました。
    最期のお利口な様子を少し書かせて下さい。

    それは9月8日の事。

    夕方、いつもの足の治療に通院した時、なぜか、その日は先生が「治療の様子を見て下さい」と仰り、付き添いの母が見ました。うみはそれはそれはお利口で、母の姿を見ても動く事もなく、じーっと治療されていたそう。(両足で30分かかります)
    母はうみのあまりのお利口ぶりにビックリして、思わず先生に「いつもこんな感じなんですか?」と聞いたら、「いつもそうですよ。とてもお利口です」と先生が仰ったと、聞きました。

    そして、その日の夜、最近忙しくて、うみのドライフードにゆっくりトライしてなかったなと思い、久しぶりにやってみようとトライしてみました。

    すると!美味しそうに食べるではありませんか!前までは10グラム食べるのがやっとでしたが、この日はあっという間に20グラムを食べました。
    あまりにも食べるので、ビックリして病院の先生に電話したぐらいです。

    私達も先生も大変喜びました。
    もしかしたら、食道チューブを卒業できる日が来るかもしれない!と思いました。

    夜中のご飯の時間にも、ドライフードを差し出すと、またまた食べてくれました。
    この日、チューブが入って以来初めて夜ご飯がドライフードで規定量になったので、流動食を流さないという記念すべき日でした。

    治療でも、ご飯でも、褒められて、褒められて、ご機嫌さんのうみでした。

    その日は、オモチャ遊びが終わらず、夜中もピーピーいわせて遊んでいました。

    私は自室に戻り、就寝しました。

    すると明け方の4時半に「ガチャーン!」という大きい音で飛び起きました。
    「何の音?!」と叫びながら階段を降りると、なんとビックリ、うみが階段の2段目まで上がってきてるではありませんか!
    うみは生まれてこの方自宅の階段など一度も登った事がありません。
    ガチャーンの音は掃除機が落ちた音でした。
    うみはなぜ階段の2段目まできたのか?
    そこにはうみのバッグがあったのです。
    そのバッグに入りたかったのでしょう。

    ビックリして、うみを抱っこし、バッグの中へうみを入れてあげました。

    30分ほどでしょうか、「もういいか?ねんねしよか」といい私は再び自室へ。

    朝7時、ピーピーというオモチャの音で目が覚めました。

    どうやらうみはその後も一睡もせず、オモチャを全部集め、1つずつ全部鳴らしていたそう。

    今から思うと、うみは自分の最期をわかっていたのかも。
    ねんねしてしまうと、もう戻ってこれない事を。
    だから一睡もせず起きていたのかな。

    9月9日、 朝ごはんの時間になり、ドライフードを差し出すと、またまた食べました。
    前夜から合計40グラムを食べました。

    朝から「すごいね!偉いね!」と褒めました。

    いつもの「うーたんも行く」の抱っこ抱っこもあり、「うみは全然寝てないからしっかり寝てよ」と言って、家を出ました。
    ただ1つ気になった事…

    うみが少し震えていた。


    その後店に着いてからもWEBカメラで自宅の様子を観察してました。
    うみは一向に寝る様子はなく、部屋をウロウロしてました。
    あまりのハイテンションぶりに段々不安がよぎってきました。

    お昼の12時ぐらいにやっと寝た様子が見れました。

    程なく15時頃、母が一度帰宅しました。
    電話が入りました。

    「うみの様子がおかしい。」

    そこから、うみは意識が朦朧としてました。首が垂れて、呼びかけにも応えない。

    病院に連れて行き、できるだけの処置をしてはもらいましたが、うみの様子はどんどん悪くなっていきました。

    いびきをかきはじめたうみをみて、
    うみが「3度目はないよ」と言っているようでした。
    私達も今回ばかりは「頑張って」とは言えなかった…

    いびきをかきはじめた時点で、人でいう「脳梗塞」の様な症状でした。

    もしかしたら、9日のお昼の時点で、亡くなっていてもおかしくはなかったのかも。うみは心臓が強いので、それから2日持ちこたえたのかな。

    9月11日、最期は家でと思い、朝、病院に向かっている道中に先生から電話が入り、「うみちゃんがたった今、息を引き取られました」と。

    最期は先生に看取ってもらうのも、うみらしいな、と思いました。

    この間、ずっとお世話になっていた、
    「アップフィールド動物病院」の
    上田先生と奥様。

    最期の最期まで、先生は諦めず治療をして下さいました。

    うみは2年前より、上田先生に診ていただいてました。

    それまでのうみの不調の原因を見つけて下さった先生です。

    うみは上田先生に出逢え、本当に良かったなと思います。

    それはまぁ色んな事でお世話になりました。

    とても、頼りになる、そしてどんな時も、飼い主目線の優しい先生です。

    最期は病院でうみをシャンプーして下さいました。

    最後の最期にうみを可愛い看板娘にして下さいました。

    涙が溢れました。

    先生と奥様のお優しさに、とても感謝しております。


    黄疸の数値も、正常値まであと少し!というところまで下がってきました。
    「ご飯(うみの場合は流動食)と、最低限の薬で数値は下がると思います」と先生が仰っていた通り、数値が下がり始めました。
    体重も2キロに乗ってました。

    うみは、ちゃんと先生が喜ぶ数値を残して旅立ちました。

    それだけにこの急変は先生も想定外だったと思います。

    母には治療中のお利口な様子を見てもらい、私には最期は口からご飯を食べて、なんだか、うみがうみなりの方法で「ありがとう」と言ってくれていたように思います。

    そんな、うみを思うとですね、泣いていたらあかんな、とは思うのですが、特に自宅での生活の場面場面でうみがいないと、淋しさがとてつもなく溢れてしまい、涙が出ます。

    自宅では無理に我慢はせず、自分の感情に正直に過ごしてます。

    だって、淋しいものは淋しいんやもん。

    でも、泣き空に虹はかからないから、早く晴れやかな気持ちでうみを送ってあげなければ、です。

    敗血症と大手術を乗り越え、頑張りきったうみの頑張りは、尊敬に値します。

    そんなうみをどうか皆さまの心の片隅に。
    いつまでも覚えていてやって下さると幸いです。






    小さい頃から、「オモロイ子」でした。





    オモチャも好きだったよね。






    バッグも大好き。
    お友達のバッグにも沢山入らせてもらいました。





    これは1日のごはん(流動食)の量です。
    想像より多いでしょ?
    これを頑張って受け入れていたうみ。
    「当たり前のごはん」も、うみにとっては闘いでした。





    お気に入りの場所。
    ここからお客様をお出迎え(したり、せなんだり 笑)
    誰が教えた訳でもないですが、カフェのお客様と、サロンのお客様の違いがわかるうみでした。サロンのお迎え時は「ワンワン!」と呼びに来てくれてました。







    明け方4時半の写真。
    何気なく撮っておこうと思った写真。
    最後の写真。
    顔が、笑ってる。
    「してやったり」のお顔。
    カバンに入ってお店に行きたかったのよね。






    賑やかで、注目してもらう事が大好きだったうみ。
    お客様方のあたたかさで、 最期は目一杯、華やかに送ることができました。




    7年間、うみを可愛がって下さり、ありがとうございました。

    7歳4ヶ月という生き急いだ一生ではありましたが、沢山のお友達、ママさん、パパさんに出逢う事ができ、身体は細く長いうみでしたが、太く短く、楽しく有意義な一生だったと思います。

    そして、小さい身体で最期まで頑張ってくれた、とっても親孝行な娘でした。
    カッコイイ娘でした。
    カワイイ娘でした。

    うみ、私達家族の元に来てくれてありがとう。

    うみ、よく頑張ったね。
    本当によく頑張りました。





    ありがとう。 最高の娘。


    最後はいつもの合言葉で。

    入院中、決して「バイバイ」とは言わなかった。

    それでお別れになるのは嫌だったから。

    だから今夜も、いつもの、この言葉で。




    「うーたん、またね!」



    rutsuko


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